2011年5月27日金曜日

SMBEへのお誘い

7月26日から30日まで京都で国際分子進化学会(SMBE 2011 Kyoto)が行われます.僕も発表とシンポジウムのオーガナイズをさせていただく予定です.

http://smbe2011.com/

地震の影響で海外からの参加者が少し減っていますが,それでも一流どころがたくさんいらっしゃいます.今月末までが早期割引なので,皆様お誘いあわせの上ご参加ください.

2011年5月23日月曜日

ベイズファクター

今まであまり深く考えていなかったのですが,ベイズファクター,というよりベイズ的考え方についての記事です.

とある研究者グループがすでにパブリッシュした超能力(ESP,ここでは予知能力のようなもの)の存在を肯定する論文データの再解析をしたというものです(PubMed).一つの実験結果だけでなく,他の実験結果も考えてベイズファクターを計算したというもので,元の結果ほどESPの存在を支持しなかったのですが,ここでのベイズファクターの解釈が面白いです.

ベイズファクターとは周辺尤度の比くらいにしか考えていなかったのですが,ベイズ的な考えだと,その比の解釈も解釈する人によって変化するということ(と僕は解釈していますが)ということがポイントのようです.この再解析ではベイズファクター=40という結構高い値が出ています.どちらのモデルも同じくらい起こりやすい(事前情報がない)とすると, 40という値は,確率が高い方のモデル,ここでは予知能力の存在,を支持します.

じゃあ,ESPは存在するのかという話になります.細かい話がSpringerのNewsに載っていますが,ベイズファクター40というのはESPがあるというのを40倍高く信じさせるという意味でとらえられるべきだということです.そもそもメカニズムが現在全くわかっていない力なのですから,もともとESPを信じている人にとっては確信をますます高める結果でありますが,完全に疑ってかかっている人,例えばそんな確率は100万分の1(ESPなしの方を100万倍信じている)だと思っている人にとっては100万分の1が2万5千分の1になるだけの効果だろうということです.

何度考えてもベイジアンの考えは僕にとってモヤモヤしているところがありますが,何となく言っていることはあっているのではないかと思います.少なくとも数学的には正しいでしょう.

と,ここで思ったのですが,進化研究のような「推測するしかない」分野では,ベイズ的な考え方はもっと大きな意味を持つのでしょうか.例えばわれわれの分野では,遺伝子に正の自然選択がかかったかどうかというような検定を行いますが,これに対する見方は研究者の間でも意見が分かれています.その時の事前の知識はどうやって評価するのでしょうか.

更に,もしある確率が0%であるという超頑固者がいたらどうなるのでしょうか.数学の世界でなく,自然科学の世界で確率0%というのはあり得ないので無視できるのかもしれませんが, いくらベイズファクターが高くてもそういった人が信頼側に傾くのは不可能なのでしょう.

本棚:生命とは何か (2)

先日に続き同じタイトルの本ですが,こちらは東大の金子先生の本です.物理をバックグラウンドに持つ研究者はこのような問いを常に持っているのでしょう(もちろん僕も持っていますが,研究対象にはしていません).

複雑系から生命現象を理解するというのが目的で,主に著者らのグループが行ってきた研究の紹介と,今後それを発展させるための実験の提案から成りますが,ものすごくクリエイティブな内容であると思います.集団遺伝学はある程度下敷きとなるものが豊富にある分野ですが,この本の内容は熱力学や統計力学を土台にした新しいアプローチで生命現象に迫っています.

表現型のノイズやロバストネスについては最近色々と考える機会があったのですが,色々と勉強していくうちになんとなく自分の考えが固まりつつあります.

ロバストネス(攪乱に対するシステムの頑強性),つまり無用の用がどうやって進化したかというのはなかなか難しい問題です.環境や突然変異に対するロバストネスが重要という単純な意見は良く議論されるのですが,ロバストネスが確立される過程と,あとになって役に立つ時との時間的な差が進化性を考える場合のネックとなります.結局,すべてパラメータ次第という話になって,実際にそうだったかどうなのかというのは僕には判断がつきかねていました.

ただ,この本のテーマの一つでもありますが,物理法則に由来する表現型が個体単位でそもそも揺らいでいるものならば,そういったものに対するロバストネスは,即時に個体の利益になるはずであり,進化によって確立される可能性は十分にあると考えられます.こちらの考えの方が僕にはすっきりと受け入れることができました*.

非常に興味深い本でしたが敢えて物足りなかった点を挙げると,僕のような門外漢がこのような分野をざっと眺めるには,著者及び日本人の研究内容の紹介にかなり偏っていた印象があります.もしかすると日本が圧倒的に突っ走っている分野なのかもしれませんが.





2011/5/30追記

*内在的な要因に対するロバストネスが先で,環境に対するロバストネスはバイプロダクト(副産物)だということ.ただしこれも時間的なスケールの程度に依りますが.

2011年5月20日金曜日

本棚:生命とは何か

今や古典と呼ばれる,シュレディンガー先生の生物に対する物理学的考察です.シュレディンガーというと,大学に入ってすぐの量子力学の授業で,先生が大した前触れもなしにいきなりシュレディンガー方程式を黒板に書き出してぶっ飛んだのを覚えています.

シュレディンガーのこの本はベストセラーとなり,この本を読んでたくさんの優秀な物理学者が生物の研究を始めたということです.分子機械として生命を理解する大きな流れというのはここから始まったのだと言えるでしょうか.分量もそれほど多くないので,ある程度の基本知識さえあれば簡単に読み流せると思います.

さて,いわゆる分子生物学がこの本から始まったとすると,それから60年以上たってわれわれは生命とは何かを理解することができたのでしょうか.生命を理解するためには部品ごとの機能を解析するだけではなく,全体を考えなければならない,というのは昔から言われていることで,最近はゲノム研究,システムズバイオロジー研究などが盛んになっています.しかし,それに答えるには,理解するとは何かという定義から始めないといけません.理解という言葉自体が哲学的である限り,この質問が答えられることはありません.

僕が思うに,生物の研究というのは,医学・薬学から入った人,遺伝学・進化学から入った人,生態学から入った人,物理学から入った人,コンピュータから入った人など様々なバックグラウンドがあり, アイデアや方法論の行き来は多いのですが,興味という観点からはそれぞれのすみわけが行われているのだと思います.Interdisciplinaryという言葉が使われますが,別に科学に共通の興味があるわけではなく,それぞれの人(分野)にはそれぞれの興味(理解したい答え)があり,そのために異分野のアイデアや方法論を取り入れるというのが限界ではなかろうかと思っています.当たり前のことですが,分野の数だけ,或いは人の数だけ理解の仕方が存在するのでしょう.

2011年5月14日土曜日

Nature

知らないうちにNature Publishing Group(NPG)がScientific Reportsというオープンアクセスの雑誌を作っていました.今年の6月から始まるようです.Nature系の雑誌は最近色々増えすぎてわからなくなってきたので簡単にまとめてみました.

詳しいことは,http://www.nature.com/authors/author_resources/about_npg.htmlに書いてありますが,

Nature: 言わずと知れたフラッグシップ誌.

Nature research journals: Nature Geneticsなどのいわゆる姉妹誌.

Nature Communications: 位置づけがいまいちわかりませんが,まずは姉妹紙に投稿せよというようなことが書いてありますので,上記雑誌に落ちたものの受け皿だと思われます.分野不問.オープンアクセス選択可.

Nature Protocol: パブリッシュされたデータを出すのに用いたプロトコル集.

Nature Reviews journals: 分野ごとのレビューをまとめた雑誌.

Scientific Reports: PLoS ONEのように,オープンアクセスかつ方法の妥当性のみを評価,査読有.

Nature Proceedings: 査読なし,フォーマット自由.数学・物理分野でのarXivのように投稿前のデータのアーカイブ的な存在.なので,これらの分野以外の論文のみを受け付ける.

あと,NPGは色々な学会誌なども傘下に収めて活動を広げているようです.僕が初めて論文を載せてもらった日本人類遺伝学会のJournal of Human Geneticsも現在はNPGに入っています.最初の論文はあまり指導のないラボでいきなり論文を書かされたので,手紙の書き方,海外への論文投稿の仕方(当時はまだ郵送でした),作図の仕方,論文体裁のお約束など一人で一から苦労して勉強したのを覚えています.

2011/6/30追記

"Nature Precedings"でした.

2011年4月26日火曜日

本棚:確率論と私

確率微分方程式で有名な伊藤清先生のエッセイ及び講演集です.正直,数学の説明は難解でほとんど理解できませんでしたが,その他の部分は平易で含蓄もあり,気軽に読み進めることができます.

確率論というと僕らが道具として日常的に使っているもので,ウィーナー過程とか伊藤の公式というのはしばしば目にすることがあります.やはり日本人の名前がついた定理などは親近感がわきます.面白いのはやはり数学者としての視点で,実用から数学が生まれ,それが数学の世界を発展させるということに伊藤先生がことさらこだわっていたことです.

確かに,数学が如何に純粋な抽象的・論理的な学問であっても,最初に数学的に取り扱う題材は現実の現象から着想を得ているわけです.+の記号もリンゴの数を数えるといった現実世界の加算というものがあって初めて人々の意識に上り,そこから抽象化されていくわけです.この視点はあまり考えたことがなかったので勉強になりました.

恐らく,多くの生物学者は大学の数学をもっと真面目にやっておけばよかったと思っているのではないでしょうか.僕も幾度か高等数学を一から勉強しようと思ったことがあるのですが,何度も中途半端なところでやめてしまっています.相当根気が必要な学問であることは間違いないので,やはり寝食を忘れてのめりこめる若いうちにやっておくべきだったと後悔しています.さらっとした顔で「バナッハ空間」とか言ってみたいものです.

2011年4月15日金曜日

DNAの遺伝様式

先日TVで体細胞キメラだった母親が,子供のDNA型と一致しないので親権を取り上げられそうになったという話を見ました.どんな技術にも弱点はありますので,仕組みを理解して正しく使うことが重要でしょう.

さておき,その映像の中で,親から子にDNAが受け継がれるアニメーションがあったのですが,DNAの二重らせんがパカッと割れて半分が子供に伝わるようになっていました.これまで何度か専門外の方がこう勘いう違いしているのを見てきたのですが,親から子供に伝わるのは二重らせんの半分ではなく,二つある二重らせんの遺伝子のうち片方です.

また,一瞬だったので定かではないですが,DNAが左巻きだったように見えました.昔のエントリーでも書きましたが,DNAは右巻きということになっています.

安全を決めるのは

放射線のリスクの話が出るたびに,安全に対する基準というものに対する人間の認識の難しさを感じます.

100%死ぬとか100%安全とかいう極端な場合を除き,危険の度合いは確率的になるからです.確率論ほど人生に密着した理論はないのですが,これほど人間の直感に反している理論もないのです.生命保険やギャンブルは確実に胴元が儲かるような仕組みになっていますが,人間に安心を求める欲望や射幸心があるおかげで多くの人が参加しています.保険は人生のランダム性を下げることになるし,ギャンブルは逆にあげることになります.われわれは確率の振れ幅を変えるためににお金を払っているということになるでしょう.

放射線の話に戻ると,科学者であればどれくらい安全かということを決めることができると考えている方がいるかもしれませんが,科学的な立場から言えるのは,例えば数年後に癌で死ぬ確率がこれだけ上がるとかいうような客観的な数値のみです.それが安全かどうかを決めるのは科学ではなく政治の仕事です(もちろんその過程には科学者が深くかかわっています).

2011年4月4日月曜日

新年度

正式には先週金曜日からですが,新しい学期が始まりました.移動される方がいたり,新しい顔が増えたりと色々と新鮮な気持ちになります.

仕事の方では最近色々と手を広げすぎて収拾がつかなくなりつつありますが,マルチスレッドになろうが,一つのスレッドの中で一つ一つできることをやっていく過程は変わりません.一歩一歩進んでいくのみです.

2011年3月25日金曜日

メールサーバー

地震の影響により遺伝研のメールサーバーが頻繁に止まっています.

GMAILのアドレス(nosada17@)までメールを送っていただければすぐに見ることができます.