2015年6月17日水曜日

2015年6月16日火曜日

A naturally occurring variant of the human prion protein completely prevents prion disease

相当なご無沙汰ですが,忘れ去られないようにボチボチ更新します. 

話題にするのはNatureで発表された論文です. 

タンパク質のフォールディングがうまく行われないことにより,細胞内で凝集し,細胞に対して毒性を示すことがあります.プリオン病(prion)はその一つの例です.プリオンは感染性のタンパク質の総称ですが,その中でプリオンタンパク質遺伝子(PRNP)はヒトのクロイツフェルト=ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease: CJD)やウシのウシ海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathy: BSE)の原因として知られています.

この病原性タンパク質は正常のタンパク質と異なった立体構造を持っており,細胞外で凝集する性質があります.この凝集が中枢神経系においてアミロイド班と呼ばれる組織の変異をもたらし,中枢神経系の正常な働きを妨げ,感染個体を死に至らしめることが知られています.現在最も有力な仮説では,異常型プリオンは正常型プリオンの立体構造を何らかの方法で異常型に変えてしまうとされています.もっともよく知られているBSEの例では,変異型タンパク質を持った牛肉をウシの試料として用いたことが感染の原因であるとされています.

また,ヒトの例では死者を食べる習慣があったニューギニアのクールー地域でも似たような病気が知られています.この病気に対して抵抗性を持つ遺伝子型はこれまでいくつか知られていて,例えばPRNPタンパクの129番目のメチオニンがバリンとヘテロ接合で存在すると,CJDに対して抵抗性を持ちます.これは,ヘテロ接合によって異常型PRNPが変異型のフォールディングの伝搬が抑えられているからではないかと考えられています.

更に,2009年にニューギニアで行われた遺伝学調査では,クールーが広まっていた地域において,127番目のグリシンがバリンになっている変異を持った人が多く見られました.この変異は129番目がメチオニンであるアリルと完全に連鎖しています.この変異はクールーに罹患した人には見られなかったため,病気に対して抵抗性があるのではないかということが示唆されていました.この論文はその変異の効果をトランスジェニックマウスを使った実験によって更に詳しく調べたものです.

驚くことに,127番目がバリン,129番目がメチオニンのPRNPを持ったトランスジェニックマウスは,異常型プリオンに対して100%の抵抗性を示しました.また,129番目の変異の効果とは違い,127番目のバリンがホモ接合であっても100%の抵抗性を示しました.これは抵抗性のメカニズムがヘテロ接合による伝搬阻害とは異なっているということを示しています.

このアリルがクールー地域でだけ見つかったのは興味深いことで,恐らく非常に強い淘汰圧によって頻度が上昇していたのではないかと思われます.どれくらいの確率でこのような変異が起こりうるのか,というのが進化遺伝学的な疑問になりますが(つまり進化は必然だったのか,たまたま運よく変異が現れたのか),とにかく変異が起こって広まったのは事実なので,突然変異による適応の可能性の大きさを示していると思います.