2008年2月27日水曜日

ポチっとな

SMBE (Society for Molecular Biology and Evolution) 2008にアブストラクトを登録しました.場所はスペインです.

英語で口頭発表は嫌だなぁ,と思いつつもプログラムをにらんで一番選んでもらえそうなセッションに登録.ああ天の邪鬼.

2008年4月15日追記

...と思ったらオーラルに選ばれてしまいました.合掌...

2008年2月26日火曜日

世代時間と分子進化

Large-scale analysis of Macaca fascicularis transcripts and inference of genetic divergence between M. fascicularis and M. mulatta
BMC Genomics 9: 90 (2008).

長らくリバイスしていた論文がやっとお披露目になりました.どちらかというと記述的な内容です.

論文では愚駄愚駄になるので述べていませんが,論文中では集団遺伝学的手法と分子進化学的手法を合わせた方法でサルの種分岐時間(もしそういったものが存在すれば)を推定しています.そこで問題となるのは突然変異率の定義です.

分子進化学での突然変異率は年あたりの突然変率を用いるのに比べて,集団遺伝学では世代あたりの突然変異率を用います.この二つは何が違うのでしょうか.

論文での例を挙げて考えてみます.

ヒトの世代はおよそ15-20年,ニホンザルなどのマカク類の世代時間はおよそ5年,その差は3倍近くになります.

もし分子進化速度(年あたりの突然変異率)が一定ならば,ヒトの世代あたりの突然変異率はサルよりも3倍(正確には1~3倍)低くなければなりません.年あたりの突然変異率はヒトの系統ではサルの系統より遅くなっていることが知られていますが,現在まで調べられたところでは高々20%-30%低くなっている程度です.

つまり,サルの年あたりの突然変異率を1とするとヒトの年あたり突然変異率は0.8くらい.世代あたりの突然変異率は世代時間をかけてサルで5,ヒトで12.はたしてこんなにも世代あたりの突然変異率が違うでしょうか.このモデルが当てはまると,子供を産む年齢が上がってくると,世代あたりの突然変異率は上がります.

世代あたりの突然変異率は直接求める方法(いろいろな方法があります)と,上のように年あたりの突然変異率に世代時間をかける方法とがありますが,その多くは必ずしも一致しません.

論文では,分岐時間を求めるときには年あたりの突然変異率,集団サイズを求めるときには直接法によって求められたヒトの値を使うというアドホックな方法で済ませてしまいました.残念ながらサルの世代あたりの突然変異率は直接調べられていないので,おそらく推定値はどこか中間的なところにあるのだと思います.そのうち,世代当たりの突然変異率をwhole genome sequenceで決めることができるようになれば,ここら辺の推定も正確になってくるでしょう.

中立説は分子時計の理論を裏打ちしているかのように考えられていますが,実際には中立説が成り立つと,世代あたりの突然変異が種によって違うということになります.逆に,突然変異率が世代時間と正の相関を持ち,かつ中立説が成り立つなら,世代時間の短い種ほど分子進化は速くなります.これを最初に示したのがWu and Li(1987)の研究です.

ここまでは中立な突然変異の話です.有害な突然変異を含めた話(たとえばアミノ酸の分子進化)は,いろいろと議論されています(たとえばMartin and Palumbi 1993Ohta 1987).このような機構により分子時計が担保されていると考えられています.

--追記

Martin and Palumbi 1993
Gillooly et al. 2005
こちらは年あたりの突然変異率はエネルギーの消費量(体重と温度)で決まるという説.

2008年2月21日木曜日

ヨーロッパ人集団ではアフリカ人集団に比べて有害な遺伝的変異の割合が高い

Proportionally more deleterious genetic variation in European than in African populations

タイトルはNature Japanの訳です.

ヨーロッパ由来のアメリカ人とアフリカ由来のアメリカ人のSNPパターンを調べたところ,ヨーロッパ由来の集団にはアミノ酸の機能を大きく変え,有害だと思われる多型をホモ接合で持つ割合が多かった.また,集団特異的なSNPを見ると,ヨーロッパ由来の集団で有意に非同義置換が多かった.という内容です.

非同義置換のうち,タンパク質の機能を大きく変えそうなものをさらに取り出してくると,調べられた人々では平均426個の変異をヘテロで持ち,92個をホモの状態で持っているとのことです.調べた遺伝子は1万個なので,遺伝子の総数が2万だとすると,およそ1000個の有害な変異をヒトは持っていることになります.これらの変異の中にはタンパク質の機能を良くするものも一部あるでしょう.

有害な多型が多いのは,おそらくヨーロッパ集団の集団サイズが小さくなったボトルネックの効果であろうと著者グループは考えています.

タイトルだけみるとヨーロッパ人はアフリカ人より遺伝的に劣っているというような印象を受けますが,この論文で言わんとしていることはそういうことではなく,人口の増加やボトルネックなど集団の歴史により有害な突然変異が集団中から除かれる効率が変わってくることをゲノムレベルで示しているにすぎません.人類でも移住した小集団で有害な表現型が現れることはよく知られています.単に近親婚によりホモ接合の確率が高くなるだけではなく,遺伝的浮動によりやや有害な突然変異が集団中に広まってしまうこともひとつの原因であるでしょう.

前の中立説のエントリーとも重なりますが,ここでの有害な突然変異とは,ほぼ中立説のやや有害な突然変異に当たります.

2008年2月20日水曜日

本棚: 種の起源 (On the Origin of Species)

ダーウィンが書いた「種の起源」です.

僕が持っているのは英語版は初版,日本語訳されたものは第6版です.第6版は初版が発行された1959年の13年後,1872年に出版されています.改訂の度にいろいろと追加変更がなされているようです.

進化を学ぶなら一度は目を通しておいたほうが良い本ですが,さすがに原著はあまりお勧めできません.重要な部分に目を通すくらいならできますが,英語も古いし,なにより言い回しが回りくどい部分が多々あります.せっかく日本語で良い訳があるのですから,こだわらない限りは日本語訳で充分だと思います.気に入った部分だけ英語でじっくり読んでみるとよいと思います.原著を抜き出して発表の時に引用すると賢く見えます.

第6版の日本語訳は「新版・図説・種の起源」という邦題です.これは原著というよりもリチャード・リーキーにより編集,注釈,図版の追加が行われています.非常にわかりやすくまとめられているのでお勧めです.

実際に種の起源を読んでみると,ダーウィンの慎重かつ大胆な考察やその博識ぶりには感動すら覚えます.気の遠くなるような膨大な事例を積み重ねて,種が神によって個別に作られたわけではなく自然選択によってもたらされたものであると論じていきます.

恥ずかしながら,これを読むまで知らなかったこととして,ダーウィンが獲得形質の遺伝を一部認めていることがありました.当時は遺伝の知識が一般になかった(ダーウィンはメンデルの論文については知っていたようですが)ので仕方ありませんが.ダーウィンは遺伝の仕組みについてパンジェン説という奇説を唱えています.(もちろん獲得形質の遺伝がメインであるとダーウィンは考えていませんでしたし,選択の主体は自然選択にあると考えていますが)

そうなると,ラマルクの用不用説とは根本的に何が異なるのかということになります.より根本的な違いはラマルクは生物は直線的に進化すると唱えたのに対してダーウィンは種は分岐しながら進化するとしたことのがあげられるでしょう.ラマルクの進化では生物は下等なものから高等なものまで直線状に並びますが,ダーウィンの考え方では木の枝のように多様性を獲得していきます.ラマルク的な考え方はチャールズの祖父エラズマスや先生のグラントも主張していたようです.

もちろん,遺伝の仕組みや大陸の移動が当時は明らかにされていなかったため,間違った議論を繰り返している部分もあります・しかし,(この本をきちんと読んでないと思われる)反ダーウィニストによる誤解,または極端な適応主義への誤解についてはすでにはかなりの部分に答えています.中立進化や性選択についても既に考察がなされています.

また,巻末にはリチャード・リーキーがダーウィンの発見から今日の進化学に至るまでの概略を解説しています.これも非常によくまとまっているので学習用には最適かと思います.


新版・図説 種の起源
On the Origin of Species a Facsimile of the First (Harvard Paperbacks)

2008年2月19日火曜日

分子進化の中立論

40周年記念講演会に参加してきました.予想以上に多数の人が集まっていて驚きました.久しぶりに母校の校舎を訪れたのですが,周りのお店などが結構変わっているみたいですね.

中立論は生物学で日本人が生み出したセオリーの中では最も有名なものでしょう.生物は複雑なものなので物理学のように完璧に近い理論はありません.例外が少ない理論をより良い理論とするならば,生物の世界は例外ばかりで理論もクソも無いでしょう.そういう意味では進化論は素晴らしいですね,進化してない生物などいないわけですから,例外はありません.

中立論を発展させた考えに太田朋子先生の「ほぼ中立説」があります.英語の"nearly neutral"を訳してるためにやや微妙な名前の説ですが,特に集団内での遺伝子の挙動はこちらの説の方がよりよく当てはまると僕は思っています.

中立説に「やや有害な突然変異」の存在を付け加えたのがほぼ中立説です.ただし,中立説とて「やや有害な突然変異」が全くないとは言っていませんので,検証のしようがありません.なので僕は「厳密な中立状態」と呼んでいます.

厳密な中立状態では分子進化と集団内の多型の分布は集団サイズに依存しません.たとえば,ヒトとハエとの違いは「世代時間」のみになります.ところが実際に分子のデータを見てみるとヒトとハエの進化のパターンや集団内の多型のパターンはかなり違っていて,その違いはやや有害な突然変異の存在でほとんど説明できます.

ここから予測されることは,

1. 集団サイズの小さい生物は,やや有害な突然変異が効率よく集団から除かれないので,集団内の多型で同義置換に対する非同義置換が多い.

2. 集団サイズの小さい生物では,集団内で除かれないやや有害な突然変異が種内で固定する確率が高いので,生物種間を比べた場合に同義置換に対する非同義置換が多い.

もし,生物に起こる有利な突然変異の割合がとても多ければ,上とは全く反対の予測になりますが,実際の観察結果はほぼ中立説を支持します.つまり,ほぼ中立説は選択説に対するより強い反証を挙げることができます.

2008年2月14日木曜日

本棚: ニッポンの大学

自分が読んだ本の紹介でも始めようかと思います.おもに生物学,進化学に関する一般書,教科書について.試しにいつもお世話になっているAmazonのアフィリエイトを使ってみました.

普段のアクセス数をみる限りはほとんど収入がなさそうですが,たまったらどこかに寄付でもしましょう.アフィリエイトから自動的にチャリティーに入るような仕組みがあれば流行ると思うんですよね.自然に関する本を買って森林保護に寄付するとか,医療に関する本を買って難病の子供に寄付するとか,そういったものがあると良いのではないでしょうか.

というわけで,最初なので軽く新書から.最近はやりの大学本ですが,少し違うつくりになっています.

この本は一言で言うと,「ランキング至上主義に対するアンチテーゼとしてのランキング本」ということでしょう.あえて雑多なランキングを示すことによってランキングの本質に迫ろうという意図があるようです.

内容はトリビア的なものも多く,プロ野球選手を多く輩出している大学やらテレビに対する教授の露出度までいろいろとあります.とにかく,大学ってピンからキリまでものすごい数がありますね.僕は理系の学部がある大学しか知りませんからなおさらです.

さて,この本の主題は達成できているのでしょうか.著者はどこかに真のランキングがあるかのように書いていますが,僕は,ランキングの意味はランキング自体にあるのではなく,ランキングを読む人の側にあると思っています.どんな調査であろうとそれを無批判に受け入れる人には調査というものは何の意味も持たないでしょう.

大学がしょうもないランキングに一喜一憂するのも仕方のないことです.なぜなら,「ランキングが良いランキング=良い大学」と判断するナイーブな人々がいるからです.問題なのはランキングを判断する側であって,ランキングを上げる努力をする方にはないと思っています.

研究者も然り.NatureやScienceなど高いIF(被引用率の指標)の雑誌に出したからってその論文の真の価値が高くなるわけではありません.しかし,研究費を取ってさらに質の高い研究をするために高IFの雑誌に投稿すること,そして掲載されて喜ぶことには何ら悪いところはありません.むしろ,最初からIFの低い雑誌を狙った論文はおのずと質も低くなるでしょう.

ランキングを上げるために切磋琢磨することはよいことであるが,ランキングの良しあしだけで判断するな.もちろん,ランキングを上げること自体が目的になってしまうのは避けるべきですが.


矛盾しているようですが望ましい状態だと思います.判断する方とされる方,両方の努力が必要でしょう.

ニッポンの大学 (講談社現代新書 1920)

2008年2月8日金曜日

Mouse or Rat?

英語ではハツカネズミをMouse,ドブネズミをRatと呼びますが,日本語では両方ネズミと認識しますね.

言葉というものは面白いもので,普段二つを区別している英語圏の人々には違う生き物として映っているようです.ミッキーマウスとは呼ぶけどミッキーラットとは呼びませんね.生物学を学んでいるとマウスとラットはまったく違うものとわかるのですが,おそらく一般の人はまったく区別していないでしょう.

今日は中国の旧正月のようで,今年はネズミ年です.これが英語のニュースでRat yearと書かれていたので調べてみると,干支のネズミはRatと訳されているようです.ちなみに,干支はAsian zodiac,zodiacは普段は黄道12宮(所謂星座)を指しますので,それのアジア版ということでしょう.

そうすると,ネズミ年を祝って中国の遊園地に現れたミッキーの偽物はミッキーマウスではなくミッキーラットの可能性が高いわけですね.あ,耳の大きいネコってことになってたんでしたっけ.

名前が違うと認識が変わるというのは面白くて,ネイティブの人にこの話をすると決まって,

「じゃあお前らはそのMice and Ratsをどうやって呼んでるんだ?」

と聞かれて困ってしまいます.

「ネズミはネズミじゃボケェッ!」

と返したくて仕方がないのですが, 適当な言葉がありません.

他にも,昔フィリピンに行った時は種類の違うバナナに固有の名前が付いていてなるほどと思いました.北海道でもいろいろなサケを別の固有名詞で呼びます.一般的に身近にあるものにはたくさんの名前がつくのでしょう.

同じ例として,日本では生物種はイネですが食べ物になるとコメ.英語では両方ライス.イネゲノムプロジェクトはRice Genome Projectです.

反対にトウモロコシは,英語ではMaizeとかCornとか呼ばれます.厳密な使い分け方は知りませんがMaizeの方がイギリス英語らしいので格調が高そうに聞こえます.トウモロコシゲノムはMaize GenomeであってCorn Genomeではありません.反対に,Eat cornとは言ってもEat maizeとは言わない気がします.

2008年2月11日追記

書き忘れましたが,ちなみに中国語でもMouseとRatは区別しません.

2008年2月7日木曜日

Japanese postdocs seek their path

Natureに掲載された日本ポスドク事情記事.
http://www.nature.com/naturejobs/2008/080207/full/nj7179-742b.html

3分の2はポスドクを続けてそうじゃない人の8割は研究職(R&D職)についているという内容です.生物系とは限っていません.真意は読めませんが,もっと多様な進路をということでしょうか.

3分の1の8割ってことは4分の1くらいは職を見つけているということでずいぶん多く感じますが,所謂アカデミックなポストはどれくらいあるのでしょうか.

大学の若手のポストについて任期があるのは仕方ないですが,僕がずっと主張しているのは,アメリカ式に助教を全部PI(ラボのボス)にしなさいということです.中には実質的に独立している方もたくさんいるでしょうけれども.

大学全体のポストは増やせなくても,独立したラボの数は増やせるはずです.研究スペースと研究費獲得が相対的に厳しくなるのは覚悟しなければいけませんが.

興味深いのは,別の記事で海外から見た日本の事情の解説の中で,日本の「論文博士」制度を紹介しているのですが(企業がPhDを採用しない現状の原因の一つとして),

--引用--
Raymond Price, now a manager at the biotech firm Acucela in Bothell, Washington, says that the Japanese drug firm he worked for in Osaka had only two other PhDs in a neuroscience research group of 20 scientists. And those two had earned their doctorates while working for the company, through the 'paper PhD' system, which allows industry scientists to submit their company research as their thesis — almost unheard of in the West.
--終わり--

「paper phD」はひどい訳に聞こえます.しかし,海外から見ればおかしな制度に映るのでしょう.

2008年2月5日火曜日

Natural selection has driven population differentiation in modern humans

http://www.nature.com/ng/journal/vaop/ncurrent/abs/ng.78.html

要旨
ヒトの表現型における多様性の多くはさまざまな環境に対する自然選択を反映しているだろう.これまでのいくつかのゲノムワイドな研究が正の選択を受けたゲノム領域を特定してきたが,自然選択がヒトゲノムの多様性にどのように関わっているかはまだ明らかになっていない.われわれはフェーズIIHapMapによる280万個のSNPデータを解析した.われわれは負の淘汰がアミノ酸を変えるようなサイトでは,特に病気にかかわるような遺伝子では,集団の分化が抑えられていることを発見した.反対に,正の淘汰は遺伝子領域,特にアミノ酸を置換するサイトと5'-UTRに働き,集団の分化を速めていることを見つけた.われわれの解析は現在のヒト集団の形態や病気に関連した表現型の多様性に関係した,もしくはまだ関連し続けている領域を同定した.

一言で言うと,集団でよく違っている(高いFst)ところでは他の部分よりも非同義置換の割合が多かった,ということです.非同義置換のFstが高くなるというのはアメリカにいたときハエでやってたけど,他の事に集中してて没にしちゃったんですよね.ざっと見た感じでは予想通りの結果ではありますが丁寧に解析されていて面白い論文だと思います.ただ,経験的にFstが高いサイトやderived allele frequencyが高いサイトは数が少ないので,割合をはかるときにどれくらいの分母になるのかが気になるところ.今解析しているものにも近いところがあるので勉強させていただきます.