2014年11月17日月曜日

木村先生90周年シンポ

11月13日に故木村資生先生が亡くなられて20年,生まれて90年を記念するシンポジウムが遺伝研で行われました.多い時で120名近くが参加されたということで,非常に盛況なシンポジウムでした.

すでに20年前に亡くなられていますので,生前の木村先生を知る研究者は若くても50代となります.これまでいくつもの興味深いエピソードをうかがってきましたが,新たに知ったことも多く,日本の集団遺伝・分子進化研究の歴史を知るいい機会になりました.

僕の研究発表では,過去の研究のうち,中立説「以外」で木村先生の研究に深く関わるものを2つほど取り上げて発表させてもらいました.中立説のインパクトが強すぎるために,中立説以外の木村先生の仕事はしばしば忘れられがちですが,そこを少しでもうまく掘り下げられればと思っていました.

一つは,任意の優性度における集団中の遺伝子頻度と固定確率について.これをきちんとした形で示したのは木村先生の大きな仕事の一つだと思います.もう一点は,二つの突然変異が互いに有害な効果を補完しあう「補完的進化」の研究です.後者については以前のエントリーで詳しく説明しています.

2014年10月9日木曜日

citationとquotation

citationとquotationとは英語では違う意味を持ちますが,日本語では「引用」という訳語しか一般に使われていません.そのため色々な誤解が出てくるようです.

英語でquotationとは,ある発言や文章をありのままに引用することです.quotation mark(”)で囲ったり,ブロックを使って引用します.この場合,もとの文章を勝手に変えることが許されなかったり,中略するときは「...」を使わないといけなかったりと色々ルールが厳しいです.自分が言ったこと,書いたことが勝手に改変されて世間に広まるのは様々なトラブルを生みますので,このような厳しいルールがあるのだと思います.

これに対して自然科学論文の多くではcitationという言葉が使われます(indirect quotationという呼び方もあるらしいですが).この場合は,誰かが言ったこと,書いたことをある程度要約して言い直すことができます.引用元を明記するのがルールですが,それ以外の細かいルールはありません.ただ,この時にもとの文章をまるまるコピー(若しくは若干改変)しただけだと,今度は文章の著作権に引っかかります(いわゆる剽窃).引用をすれば文章をコピペしてもOKという誤解はここから発生しているのだと思います.

問題なのはこの二つがしばしば同じ「引用」という言葉で表されていることでしょうか.厳密には前者を「直接引用」,後者を「間接引用」 と呼ぶらしいですが,一般的にあまり聞いたことはありません.論文の引用はreferenceという言葉もあるので,「参照」という言葉の方がしっくりくると思うのですがどうでしょう.

2014年9月26日金曜日

BIT'S

聞いたことも無い国際会議からご招待(ただし自腹)のメールがスパムのように良く来ます.

もちろん無視していたのですがちょっと調べてみたらとてもわかりやすいWikipediaの項目がありました.実際にほとんど中身の無い会議のようです.

日本語の情報があまりないので一応貼っておきます.

http://en.wikipedia.org/wiki/BIT_Life_Sciences

2014年9月11日木曜日

学会活動

先月は進化学会の大阪大会に参加いたしました.雑用に従事していたので自分の発表はありませんでしたが,色々な発表が聞けて非常に面白かったです.

来週からは遺伝学会に参加します.奨励賞を頂き受賞講演をすることになったので,何を話そうか今から迷っています.

2014年9月2日火曜日

本棚:Mutation-Driven Evolution

Mutation-Driven Evolution

毎年行われている遺伝研DNA分析研究室のサマーセミナーにゲスト参加させていただきました. 毎年泊りがけで一冊の本を読むということで,今年の課題はこの本でした.

これまでの進化学の歴史の中に根井正利先生の研究と進化史観が位置づけられています.色々意見もあるのですが,ここは議論するところではないので良いところを書きます.

  • これまでの進化学の歴史についてはよくまとめられているので, 初習者には非常にためになる内容が含まれています.また,普段あまりスポットライトが当たらないド・フリースの突然変異説や岡先生の種分化モデルなども取り上げられているので,一般の研究者にとっても勉強になります.進化学の歴史に興味がある方にはよい教材です.
  • 実際に行われた分子進化の研究例が豊富に取り上げられています.基本的には長期的な進化が興味の対象なので,集団内の変異や生態学的な視点自体は中心となっていません.
  • 英語ですが,文章はとてもわかりやすいです.
  • 目的論的な考え(teleological thinking)の危うさと陥りやすさについて述べられていますが,これについては僕も非常に同意します.
  • 木村先生は表現型の進化については適応的な説明を残していましたが,根井先生は表現型の進化の中にも中立なものがあるだろうと言っています.これについては同意します.
  • 一般的に言われる自然選択の仕組み無しに,新しいニッチに新しい種が広がることがある,ということには同意します.

最後に,この本のテーマを一般的な集団遺伝学モデルから僕なりに解釈してみると,「適応的な突然変異が起こる確率はどのくらい高いのか」という点になるのではないかと思いました.

2014年3月26日水曜日

年度末の報告

しばらく更新していませんでしたが,まだ生きています.年度末の近況報告を兼ねて三点.

1

三月の中旬に太田朋子先生の80歳を記念して国際シンポジウムが行われ,微力ながらもお手伝いをさせていただきました.海外から多数の著名な進化学者が集まり,とても質の高いものだったのではないかと思います.

最終日には遺伝研でシンポジウムを開きましたが,発表者全員がUSアカデミーのメンバーという豪華な顔ぶれでした.発表内容すべてがweak selectionに関するものではありませんでしたが,この考えが後の進化学に与えた影響の大きさを感じることができました.

 2

昨年末からFrontiersシリーズのAssociate Editorを引き受けています.あまり日本語の記事がないので少し紹介しておきます.

もともとはスイスの研究者(神経科学者)たちが,コミュニティベースのオープンアクセス雑誌を作ろうと始まったものらしいですが,最近ではNature Publishing Groupが買収したりして注目を集めています.進化学に関連する分野ではFrontiers in Geneticsという雑誌が存在したのですが,最近新しくFrontiers in Ecology and Evolutionという雑誌も始められました. 少し変わっているのは,Editorial Boardが雑誌ごとにつくのではなく,細目ごとにあり(僕はEvolutionary and Population Geneticsというセクション),雑誌間で共通のレビュープロセスを持っていることです.

特徴的なのはレビューシステムで,最初のレビュー(これはいつもと変わらないレビュー)の後は,レビュワーとオーサーがウェブフォーラム(コメントをやり取りできる掲示板のようなもの)でお互いが納得するまでやり取りできるというものです.基本的な判断基準はPLOS ONE形式で,方法にさえ間違えがなければアクセプトするというものです.論文がアクセプトされた後はページビュー数などの独自の評価により論文をランキングしていくとのことです.つまり,論文の重要度は査読の時にではなく,出版後に評価されるべきであるという趣旨のようです.また,論文がアクセプトされた時にのみ,論文にレビュワーの名前が載る決まりになっています.

さて,エディターになると少し特典があって,一本だけ論文をタダで出させてもらえるということなので(もちろん査読はあります),お試しがてらに拙文をレビューしてもらいました.感想ですが,新しいレビュープロセス自体は僕の場合はとてもスムーズに働きました.雑誌のインパクトファクターなどではなく,素早く論文を出して引用を稼ぎたい,かつ科学的な質を保ちたいときに向いている形式ではないかと思います.ただ,レビュワーの負担が大きいシステムなので,投稿が増えたときにどうやって進めていくかがこれからの課題になると思います.興味がある方は是非投稿してみてください.

3

STAP細胞の件.内容については触れませんが,Methodならコピペでもよかろうとか,Introductionだからコピペは仕方なしとかいうような意見を平然と言ってのける研究者がいるのにはびっくりしました.そういった考えをあぶりだす意味では意味のある事件だったのではないかと思います.程度の差こそありますが,剽窃に関しては現在はコンピュータで簡単にわかってしまうので,これまで以上に厳密にやっていく必要があります.アメリカなどでは文章を言い換えるという訓練がありますが,日本の英語教育ではあまり見たことがありません.そういった訓練も科学英語教育には必要なのではないかと感じます.

また,引用に関してですが,出典を示せばコピペが許されるわけではなく,引用箇所は引用だとわかるように「”」で囲むか,インデントをつけてブロックにするなどの明示が必要です.このあたりもわかっていない人がいるようなので少し驚きました.