2009年7月23日木曜日

クマの雑種

クマ亜科には6種が存在します.ツキノワグマ,ヒグマ(グリズリー),ホッキョクグマは日本でも有名だと思いますが,ホッキョクグマとヒグマで雑種ができるというのを最近知りました.色だけでなく,形態的にも結構な違いがあると思います.

地球温暖化で生息域が重なったせいだという説もありますが,過去にも例が見つかっていますし,断定するにはもう少し例証がいるかと思います.

右の図は雑種を形成できる種のペアを示したものですが,ヒグマだけいろんな種と交雑を起こす可能性があるようです.氷河期と間氷期の移り変わりではより多くの交雑があったでしょう.

交雑が起こるのに種の特徴が保たれているのは何故なのか.雑種のクリーム色のクマは妊性があったとしても氷の世界にも陸地の世界にも適応できなく,F2世代以降で環境に適応的でない遺伝子は選択されて除かれていくでしょう.種の形成の時に雑種の不稔性にだけ注目する研究も多いですが,やはり,雑種の表現型の適応度も重要なのだと思います.

図はWikipediaより.

2009年7月21日火曜日

国際生物学オリンピック

国際生物学オリンピックがつくばで開かれ,日本から金メダルの方が出たのはめでたいことです.

しかし,こういったものを見るたびに,「生物学者として必要なものはなんだろうか」,「そもそも生物学とは何なのか」ということに悩まされます.

とりあえず日本代表になった方やメダルをもらった方は優秀だと思うので,生物学の世界に入ってくることは良いことでしょうし,多くの高校生が参加することによって生物学への関心が高まるのも良いことだと思います.

しかし,何かひっかかるのは,与えられた問題に対する答えで順位をつけることにどういった意味があるのか.むしろ高校生に素晴らしい問題を考えてもらって,偉い先生方がそれを解く方が面白いんじゃないかと.

そこらへんで悩んでいるようでは教育者としては自分はまだまだやっていけないのかもしれません.

1000人ゲノム

http://1000genomes.org/

1000人分のゲノムシークエンスを決めるというプロジェクトがありますが,早くもデータが公開されています.dbSNP130は既にこのデータを含んでおり,1000人ゲノムで見つかった5,671,874のSNPのうち,1,916,263は新しいものということです.

それにしても情報の公開が早いのには驚きです.これまで1%以下の頻度の変異は多型(polymorphism)と呼ばないという定義がありましたが,1%に何か根拠があったわけでは無いかと思います.1000人(染色体2000本)に20個以下の変異がいくつも見つかると思いますが,それを多型ではなく変異(mutation)と呼ぶことは果たして妥当なのか.こういったデータがそろってくると,従来の定義も変えざるを得なくなってくるでしょう.

2009年8月28日
追記:全部が公開されていると勘違いしていましたが,良く見ると4人分だそうです.

2009年7月16日木曜日

本棚:生物進化を考える

生物進化を考える (岩波新書)

太田先生の本を紹介したので,順序は逆になりますが木村先生の一般向けの著作を紹介いたします.

僕が進化を学び始めたころには既に,「木村資生=中立進化」というイメージが強かったのですが,この本を読めば,それ以上に進化に対する幅広い知識を持った方だということが良くわかります.細かい数式がいくつか出てきますが,それほど難しいものは載っていないし,無視しても読み進めることができます.

最近の科学書とは違い,文章は格調が高く,説得力があります.時に他の学説や学者をこき下ろすところがありますが,今読んでみると逆に面白いと思います.前半の内容は一般の進化学についてですが,最初の方のフィッシャーやライトの研究を語るところが木村先生にしか書けない内容ではないかと思います.

後半は分子進化の中立説の話です.
このころはDNAのデータはほとんどなかったわけですが,ゲノムという概念がとても適切に使われていることについては驚かされます.世代あたりの突然変異率に対する中立説の立場については数ページが割かれていますが,この部分に関しては太田先生のほぼ中立説の方が説得力があるようです.

最後に木村先生の人類の未来に対する世界観が書かれていますが,ホールデンが提唱したようなサイバーパンクな世界観というよりも,より生物学的立場に立った考察をしているようです.木村先生の優生学に対する考察はしばしば批判されますが,あくまでも進化遺伝学的な立場に立っての考察と断っていますので,批判を受けるほどのものではないと思います.


2009年7月13日月曜日

本棚:分子進化のほぼ中立説

分子進化のほぼ中立説―偶然と淘汰の進化モデル (ブルーバックス)

太田先生が自らほぼ中立説について解説されたものです.ブルーバックスということで一般向けの本なのでしょうが,後半では遺伝子から遺伝子発現,ゲノム構造など話題が広がっていくので,進化学,遺伝学の知識以外にもゲノム分野の知識がある程度ないと理解するのは難しいかもしれません.

前半では集団遺伝学の話,中立説の話からほぼ中立説が生まれたいきさつなどが書かれています.後半では,遺伝子発現やゲノム構造など,生命現象にみられる様々な現象がドリフト(偶然の結果)と淘汰の両方の産物ではないかということに考察が及んでいます.

真核生物にみられる高次のゲノム構造が,「有利だから」という単純な理由で生まれたのではなく,集団サイズが小さいために淘汰が弱く働いた結果であるというMichael Lynchの考え方もほぼ中立説に基づいた考え方だと言えるでしょう.

マイクロRNAなど最新の話題も多く含まれており,最先端でトレンドな進化観を垣間見ることができますが,完全に理解するには結構な勉強が必要かと思われます.


2009年7月9日木曜日

日本の地位低下

科学者というのは微妙なもので,国からお金をもらっていながら必ずしも国のために働くことを第一の目的にはしていないでしょう.しかし,お金を払う政府としては自国の利益を第一の目的とするはずですし,税金を払っている国民も同じことを考えているのかもしれません.

まず一本目はNatureの記事

A highly annotated whole-genome sequence of a Korean individual

次世代ゲノム解読の競争で日本がアメリカや中国に後れを取っているのは周知の事実ですが,韓国の方が先に個人のゲノムのリシークエンスを完了してしまいました.これは非常に残念です.

同じ号のNatureの記事

Japan's tipping point


日本の科学力の低下を憂いている記事ですが,なかなか耳が痛いことが書いてあります.大学院に進む学生も減っているし,海外に出る学生もほとんどいない.経済も下向き.このままでは国際的な競争力が無くなってしまうだろう,と.

すべては現在の日本が内向きで近視眼的過ぎることが原因ではないでしょうか.これから2700億の大型予算がつくと言われていますが,応用向けの巨大な研究プロジェクトではなく,テニュアトラックの大規模な導入など日本の大学に活力が出るような構造改革に使った方が良いというような内容です.

根が深い問題で一朝一夕では解決できない問題かもしれません.僕はアメリカで2年ほどポスドクをしましたが,一番勉強になったのは科学に対する自由な姿勢でした.

最近気になっているのは,「日本の方が研究設備が立派なので海外にわざわざ出る必要はない」という若者のセリフです.大切なのは設備でもお金でもなく,外を向いてオープンに議論する環境なのではないかと思っています.日本の研究世界の多くはオープンとは言えない環境が多いと思います.ちまちま内向きな仕事ばかりやっていては日本はそのまま縮んで消えてしまうでしょう.

2009年7月8日水曜日

本棚:バイオリソース&データベース活用術

バイオリソース&データベース活用術―Webでキャッチ!!実験材料・インフォマティクス (細胞工学 別冊)

売れたからといってこちらに印税が入るわけではありませんが,ほんのちょっとだけ書かせてもらったので宣伝です.前半の部分は色々なデータベースの使い方が載っていますが,専門外の方が概要を知るには便利であると思います.

僕の研究は,生物が何かということをあまり意識しません.DNAの情報になってしまえば,倍数体かそうでないか,性があるか無いか,それくらいしか気にすることがありません.自分にとっては当たり前の考えなのですが,生物学者の大多数は自分が研究をする「リソース」がほぼ固定されているわけです.そういった研究者から観ると我々は節操がないように映るのかもしれません.

実際のところ節操はありませんが...

2009年7月1日水曜日

IF2008

2008年度版のインパクトファクターが出ました.チェックしておきたいところです.

気になったのはMBEが初の7点越えで7.280.うまく流行りを取り入れているような気がします.最近加わったエディタは集団遺伝やゲノム関係が多めなのがそれを表していると思います.

あとは僕がふだん読むようなところはあまり変わらず.分野が分野だけにそれほど浮き沈みは少ないようです.