2007年1月30日火曜日

ネズミかイヌか

生物種の進化の軌跡を系統関係と呼びます。古くは形態学的特長によって分類が成されていたのですが、最近はDNA解析手法の発達によって遺伝学的な系統関係が決定されています。それでは全遺伝子を解析すれば系統関係は完全にわかるのか?
ところがそんなにすんなり行かないというのが今回の話です。

今週、同時に2本の論文が出ています。


Cannarozzi G, Schneider A, Gonnet G (2007) A Phylogenomic Study of Human, Dog, and Mouse. PLoS Comput Biol 3(1): e2

Nikolaev S, Montoya-Burgos JI, Margulies EH, Program NCS, Rougemont J, et al. (2007) Early History of Mammals Is Elucidated with the ENCODE Multiple Species Sequencing Data. PLoS Genet 3(1): e2

後者の方はAfrotheria(アフリカ獣類:ゾウとかツチブタ)の系統関係の解明を中心に据えているので、直接は比較できませんが、前者の論文は霊長類(ヒト)-食肉類(イヌ)-げっ歯類(ネズミ)の系統関係について解析を行っています。この3つの系統は80~100万年前くらいに分かれたといわれていますが、
現在までその関係には様々な論争がありました。方法やデータによって結果が違ってくるのですが、霊長類-げっ歯類が一番近いという意見が優勢でしょう。

系統樹を描くには主に遺伝子の配列が用いられますが、解析する遺伝子が違うと結果にもバラツキが出てきます。また、げっ歯類は世代時間が短いため、時間当たりの突然変異率が高いと言われています。そのため、Long Branch Attraction (LBA) という統計的な偏りが生み出され、真の系統樹がうまく描き出されないのではないかということが指摘されています。で、使う遺伝子の数が少なくて統計的な誤差がでるのなら、全ゲノムを使って決めてみようではないかというのが上の論文。

上の論文では、有袋類のオポッサム(またはニワトリ)をアウトグループとして、ヒト-イヌが統計的に有意にサポートされるという結論を示しています。目を通してみましたが、方法論的には特に間違いは無さそうです。ところが、下の論文ではより少ない遺伝子、多くの種を用いて、方法も異なっていますが、霊長類-げっ歯類が親戚同士になっています。

遺伝子によって得られる系統関係が違うのは単純な統計的なノイズが原因のほかに、3種の分岐時間が比較的近ければ、祖先集団の多型があることによりしばしば起こります。ヒト-チンパンジー-ゴリラの3種の系統関係はこれまで何度も議論となりましたが、現在ではヒト-チンパンジーが最も近縁であると考えられています。また、種分化の途中に集団間での遺伝子交流があれば同じく偏った観察結果が得られるはずです。ここら辺も含めたモデル化ができれば、全遺伝子というデータはそろっているわけですから、より真実に近い結果が得られるのではないでしょうか。自信を持って答えるにはもう少し時間がかかりそうです。ひとつ言えることは、これら3つの系統の分岐は非常に短い時間で起こった、ということです。最近のトランスポゾンからのデータでもコウモリもかなりの確率で食肉類の中に入るようですし、クジラやイルカもウシやヒツジの兄弟ですから、極めて短い時間にいろんな形態の哺乳類の祖先が生まれたことになります。ただし、トランスポゾンのような直接的な証拠も、上に述べた祖先集団の多型の問題にひっかかるので、今回の問題に関しては十分な数を調べなければいけないと思います。