二日ほど風邪で寝込んでいました.戻ってきたら山のように新着論文が... その中の一本.
PLoS Biologyの論文.
最初はよくあるタイプの論文かと思いましたが,読んでみると非常に興味深い論文です.
遺伝子内で起こったアミノ酸の変異が進化的に有利になってその結果急速に集団に広まるーアミノ酸レベルでの正の淘汰ーというものがよく研究されています.特に,ヒトとチンパンジーが分かれてからどの遺伝子に起こった変異が原因で現在のような表現型の違いが生まれたかという疑問は多くの人が興味を持っているでしょう.
ヒトの進化に限らず,分子進化学で頻繁に用いられる方法に,Ka/Ks(dn/ds)と呼ばれる統計値があります.二種の遺伝子を比較して,アミノ酸を変える非同義置換が起こる割合とアミノ酸を変えない同義置換が起こる割合の比です.これが1より大きいと,非同義置換が同義置換よりも高い割合で起こったのですから,正の淘汰が遺伝子に働いた,と一般的に解釈されてきています.アミノ酸の置換様式を数理モデルに置き換えて尤度比検定を行うバージョンなども存在します.
ところが,色々な方法でこのようなシグナルを示す遺伝子を集めてきたところ,そのトップ遺伝子には(A,T)>(G,C)の置換が多く起こったということがわかりました.こういったパターンでよく思い出されるのは,CGという2続きの塩基(CpG)がメチル化によってTGまたはCAに置換される現象です.この現象はこれとは全く逆です.
ここで,Biased Gene Conversion(BGC)という現象が原因として提案されます.これは減数分裂の時に染色体が組み換えを起こした時,アリル間で起こったミスマッチの修復が(A,T)>(G,C)に偏るという現象で,色々な研究で証明されている現象です.外から見ると,対立遺伝子の片方の遺伝子だけが子孫に伝わっているように見えます.
しかし,BGCは同義置換にも非同義置換にも同じように働くので,直感的にはKa/Ksは特別高くならないような気がします.しかし,ここで思い出されるのはCpGの変異です.哺乳類,特に霊長類などは同義置換のCG含量が高い遺伝子と低い遺伝子とが不均一に分布しています.つまり,もともとGC含量が高い遺伝子は同義サイトでBGCの影響を受けにくく,非同義置換の方がより強く影響を受けるということです.したがって,広がる変異は他と比べて生存に有利でなくても構わなく,むしろ不利であっても広がることが可能です.直感的にはわかりにくいかもしれませんが,論文では集団遺伝学のモデルを用いて現実的なモデルであることが示されています.
というわけで,これからKa/Ksを調べる時は置換パターンの偏りまで考慮に入れる必要がありそうです.面白いのは,この研究で最も強くシグナルが出た遺伝子はOlfactory Receptor(OR)遺伝子なのですが,これはよくヒトでKa/Ksが高いといわれる割には,霊長類はむしろORは偽遺伝子となっているものが多いと言われていて矛盾するなと感じていたところです.しかも,ORはよく行われる遺伝子機能のクラス分けでは神経関係の遺伝子にも分類されます.ヒトの系統で神経関係の遺伝子が早く進化したという論文は著名なものもいくつかありますが,ここらへんももう一度見直した方がよいものがあるかもしれません.