2008年9月18日木曜日

Resolving Individuals Contributing Trace Amounts of DNA to Highly Complex Mixtures Using High-Density SNP Genotyping Microarrays

PLoS Geneticsの記事です.出た時はあまり注目していなかったのですが,その後色々なメディアで取り上げられているようです.

疾患の原因探索などで数人のDNAをプールしたサンプルの遺伝子解析がしばしば行われています.こういった情報はこれまで個人を特定できないので割とゆるいポリシーで公開されてきていました.

ところが,Homerらは全ゲノムレベルでのSNPデータがあれば,ある個人がプールされたDNAサンプル集団の中に入っているかどうかというのが判別できるということを示しました.アイデアや方法は非常に単純なのですが,0.1%しか入っていない個人の特定までできたというのだからその方法の強力さには驚きです.

これを受けてNIHは早々とプールされた遺伝子情報の公開を取りやめ,きちんと管理された形に変えたとのことです.これに関する議論がScienceなどでも取り上げられています.(http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/1165490; http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/sci;321/5894/1278)

これから個人ゲノム解析などが実用化されると,倫理的な問題も色々と湧き上がってくると思います.ただ,この方法はもともとそういった倫理的なことを騒ぎ立てるよりは,犯罪捜査などに有効な方法ではないかと考えられているようです.

2008年9月10日水曜日

論文の査読

論文の査読がたまに回ってきます.自分の勉強になるし,わざわざ指名してくれてるのはありがたいので丁重に受けていますが,モノによっては結構時間を取られてしまいます.数式が多かったりすると最悪ですが,自分が論文を投稿するときはレビュワーの意見はとてもありがたいので(たまにすごくむかついたりへこんだりしますが),できるだけ手を抜かずにやっています.

で,自分がレビュワーの過去の論文のアクセプト率を見てみたら滅茶苦茶低い.自分が辛口すぎるのかなぁと思って少し悩んでしまいましたが,はたと気づきました.エディターがパッと見て落ちてもいい(重要度の低い)論文が優先的に自分に回ってきてるんですね.納得.さすがにこの内容でこの雑誌は無理だろう,というものがちらほら.

一度だけ結構な大御所の論文が回ってきたことがあります.結論が納得いかなかったのでかなりクリティカルな意見を出してリジェクトしました.そうしたら今度は結論を180度変えてきて,「レビュワーに励まされてすべて書き直した,これは新しい論文だ」,と再投稿してきました.前の自信満々な結論はどこへ行ったの?

やはり強引なポジティブさはアカデミアで生き残るのに必要なことのようです.

2008年9月8日月曜日

Repeated Adaptive Introgression at a Gene under Multiallelic Balancing Selection

PLoS Geneticsの記事です.最近のNature Geneticsは所謂人類遺伝学的な疾患原因遺伝子の同定に関する論文に偏っている印象を受けます.確かに医学として人類の健康に役立つというインパクトは強いのですが,もっと生命現象に直結した遺伝学の論文の方がインテレクチュアルで僕の好みです.そういった意味ではPLoS Geneticsには良い論文が集まっていると思います.

表題の論文ですが,少しマイナーながら現在研究している事柄と近いのと,自分の論文を引用してくれていたので紹介します.シロイヌナズナ(A. thaliana)の近縁種でA.halleriA.lyrataという種がいるのは前にも紹介しましたが,ヨーロッパで生息域が重なっているこの二種のDNAについてmulti-locus解析をしたというものです.

その結果,ゲノムのバックグラウンドでは両者には遺伝子交流はほとんど見られなかったが,自家不和合にかかわる座位では両者に共通に見られるアリルが多かったとのことです.自家不和合にかかわる遺伝子のアリルはMHCとも近い感じで,多くのアリルが集団内にあることが有利になります.したがって,遺伝子交流が有利になるような状況では,たとえバックグラウンドの遺伝子交流の確率が低くても,一度多種に移ったアリルが反対の種で有利になる選択圧がかかるので,結果としては種間で共通のアリルを多くもつようになります.

同じようなことをヒトとヒトの古代種の間で起こったと言っているのが,別のグループの論文であります(過去の記事).この場合は,種間を超えた遺伝子が,急速に他種で広まるというのを仮定しています.

先日の遺伝学会で僕が話させていただいたのは,「遺伝子交流があると,環境に適応した遺伝子は種間の壁を越えられずに高い種差を持つ」というものでした.隔離がゲノム全体に働くと,種を超えるアリルが自然選択の証拠となり,遺伝子交流がゲノム全体に働くと,種を超えらないアリルが自然選択の証拠になる.裏表のような話だと思います.