今や古典と呼ばれる,シュレディンガー先生の生物に対する物理学的考察です.シュレディンガーというと,大学に入ってすぐの量子力学の授業で,先生が大した前触れもなしにいきなりシュレディンガー方程式を黒板に書き出してぶっ飛んだのを覚えています.
シュレディンガーのこの本はベストセラーとなり,この本を読んでたくさんの優秀な物理学者が生物の研究を始めたということです.分子機械として生命を理解する大きな流れというのはここから始まったのだと言えるでしょうか.分量もそれほど多くないので,ある程度の基本知識さえあれば簡単に読み流せると思います.
さて,いわゆる分子生物学がこの本から始まったとすると,それから60年以上たってわれわれは生命とは何かを理解することができたのでしょうか.生命を理解するためには部品ごとの機能を解析するだけではなく,全体を考えなければならない,というのは昔から言われていることで,最近はゲノム研究,システムズバイオロジー研究などが盛んになっています.しかし,それに答えるには,理解するとは何かという定義から始めないといけません.理解という言葉自体が哲学的である限り,この質問が答えられることはありません.
僕が思うに,生物の研究というのは,医学・薬学から入った人,遺伝学・進化学から入った人,生態学から入った人,物理学から入った人,コンピュータから入った人など様々なバックグラウンドがあり, アイデアや方法論の行き来は多いのですが,興味という観点からはそれぞれのすみわけが行われているのだと思います.Interdisciplinaryという言葉が使われますが,別に科学に共通の興味があるわけではなく,それぞれの人(分野)にはそれぞれの興味(理解したい答え)があり,そのために異分野のアイデアや方法論を取り入れるというのが限界ではなかろうかと思っています.当たり前のことですが,分野の数だけ,或いは人の数だけ理解の仕方が存在するのでしょう.