2011年10月6日木曜日

霊長類の核由来ミトコンドリア遺伝子はなぜ早く進化したのか?

MBEにアクセプトされていた論文が最終的な形で出版されました.

Naoki Osada*, Hiroshi Akashi. Mitochondrial-nuclear interactions and accelerated compensatory evolution: Evidence from the primate cytochrome c oxidase complex. Mol. Biol. Evol. (2011) [Link]. 

哺乳類の中で霊長類にだけみられる現象として,ミトコンドリアで働いている遺伝子の進化が早いことがあります.特に,核にコードされているミトコンドリア遺伝子ではアミノ酸置換が突然変異率(正確には同義置換率)よりも高くなっているサイトがいくつか発見されており,いわゆる正の淘汰が働いたのだろうと言われていました.

ミトコンドリアではミトコンドリアにコードされた遺伝子と核にコードされた遺伝子が協力して一つのタンパク質複合体を作っていることが知られています.僕がまだ進化の理論について詳しくなかった大学院生のころ,サルとヒトの遺伝子を比べてこのような進化が早くなった遺伝子を見つけようとしたのですが(ほぼ独学で書いた初めての分子進化に関する論文です),その研究でも核にコードされるミトコンドリア遺伝子がいくつか候補として挙がってきました.

実はそれより少し早くにアメリカのグループが同じようなことをしており,彼らは何故このような進化の加速が起こるかについて,巨大になった霊長類の脳が効率よく酸素をエネルギーとして使えるように共進化が起こったという仮説(脳エネルギー仮説)というものを唱えていました.当時の僕はそれほど深く考えることはできなかったので,まあそうかなというくらいの意見でしたが,最近になって別の仮説で説明できるのではないかと考えて行った研究が今回の研究です.

鍵となるのはミトコンドリアゲノムの特異性です.集団遺伝学の立場から見てみると,ミトコンドリアゲノムは主に三つの点で核ゲノムと異なります.一つ目は組み換えが起きないこと,二つ目は(哺乳類では)突然変異率が高いこと,三つ目は集団サイズ(集団の中にあるコピー数)が少ないこと,が挙げられます.

この三つの要素はすべて 自然選択にとって良くない方向に働きます.組み換えが起きないということはいったん固定した有害な変異がなかなか取り除かれないことを意味します.また,突然変異のほとんどは有害ですから,変異が多いということは有害な変異もたくさん起こることを意味します.集団サイズが小さくなるとやや有害な変異が遺伝的浮動によって集団中に固定してしまう確率が高くなります.

霊長類では特にミトコンドリアでの突然変異率が高いということが知られています.また,集団サイズの減少によるやや有害な変異の固定が多く起こっていることも知られています.

以上のことを考えると次のような仮説(Compensatory Weak Selection (CWS) モデル)が立てられます.

1) 霊長類では集団サイズが小さく,ミトコンドリアの突然変異率が高い.したがってやや有害な変異の固定が速いスピードで起きている.

2) 核の遺伝子でミトコンドリアに起こった有害な変異を補完するような置換が起こったときは,それは適応的な変異として認識される.ミトコンドリア遺伝子の進化の速度は速いので,最終的な適応度が全く変わらなくても,核の方から見ると進化速度の加速が起こる.例えるなら,早く進むミトコンドリアに核が一生懸命追いついているイメージです.

以上の仮説では,特に霊長類に特異的な表現型を持ち出さなくても,突然変異率と集団サイズの違いだけで観察されるパターンを説明できます.もちろん脳エネルギー仮説は面白い仮説ですし,それを否定することはできません.が,どちらが好きかといわれると,例外的な規則ではなく,一般的なメカニズムで説明できる方が僕は好みではあります.

この理論は更にもう一つ重要な予測をすることができます.それは,核遺伝子の補完的な変異はミトコンドリア遺伝子の有害な変異が起こった後に起こるということです.今回研究の題材にしたCOX遺伝子はタンパク質複合体の立体構造が解明されていますから,変異を起こしたアミノ酸が相互作用を起こしそうかどうかは実際の立体構造に照らし合わせることにより判断できます.実際にタンパク質の進化を見てみると,ミトコンドリア遺伝子のあるサイトで変異が起こった時にその近くの核遺伝子のサイトでは,より高い確率で,後に核遺伝子に変異が起こったことがわかります(逆の方向はない).

集団遺伝学の基礎知識,理論的予測とコンピュータシミュレーション,分子進化学的手法による加速進化の証明,タンパク質の立体構造,変異の順番を確かめる統計的手法と盛りだくさんで,これまで自分が書いた論文の中でもかなりギッシリと詰め込んだ内容になっています.