2008年2月19日火曜日

分子進化の中立論

40周年記念講演会に参加してきました.予想以上に多数の人が集まっていて驚きました.久しぶりに母校の校舎を訪れたのですが,周りのお店などが結構変わっているみたいですね.

中立論は生物学で日本人が生み出したセオリーの中では最も有名なものでしょう.生物は複雑なものなので物理学のように完璧に近い理論はありません.例外が少ない理論をより良い理論とするならば,生物の世界は例外ばかりで理論もクソも無いでしょう.そういう意味では進化論は素晴らしいですね,進化してない生物などいないわけですから,例外はありません.

中立論を発展させた考えに太田朋子先生の「ほぼ中立説」があります.英語の"nearly neutral"を訳してるためにやや微妙な名前の説ですが,特に集団内での遺伝子の挙動はこちらの説の方がよりよく当てはまると僕は思っています.

中立説に「やや有害な突然変異」の存在を付け加えたのがほぼ中立説です.ただし,中立説とて「やや有害な突然変異」が全くないとは言っていませんので,検証のしようがありません.なので僕は「厳密な中立状態」と呼んでいます.

厳密な中立状態では分子進化と集団内の多型の分布は集団サイズに依存しません.たとえば,ヒトとハエとの違いは「世代時間」のみになります.ところが実際に分子のデータを見てみるとヒトとハエの進化のパターンや集団内の多型のパターンはかなり違っていて,その違いはやや有害な突然変異の存在でほとんど説明できます.

ここから予測されることは,

1. 集団サイズの小さい生物は,やや有害な突然変異が効率よく集団から除かれないので,集団内の多型で同義置換に対する非同義置換が多い.

2. 集団サイズの小さい生物では,集団内で除かれないやや有害な突然変異が種内で固定する確率が高いので,生物種間を比べた場合に同義置換に対する非同義置換が多い.

もし,生物に起こる有利な突然変異の割合がとても多ければ,上とは全く反対の予測になりますが,実際の観察結果はほぼ中立説を支持します.つまり,ほぼ中立説は選択説に対するより強い反証を挙げることができます.