2008年2月26日火曜日

世代時間と分子進化

Large-scale analysis of Macaca fascicularis transcripts and inference of genetic divergence between M. fascicularis and M. mulatta
BMC Genomics 9: 90 (2008).

長らくリバイスしていた論文がやっとお披露目になりました.どちらかというと記述的な内容です.

論文では愚駄愚駄になるので述べていませんが,論文中では集団遺伝学的手法と分子進化学的手法を合わせた方法でサルの種分岐時間(もしそういったものが存在すれば)を推定しています.そこで問題となるのは突然変異率の定義です.

分子進化学での突然変異率は年あたりの突然変率を用いるのに比べて,集団遺伝学では世代あたりの突然変異率を用います.この二つは何が違うのでしょうか.

論文での例を挙げて考えてみます.

ヒトの世代はおよそ15-20年,ニホンザルなどのマカク類の世代時間はおよそ5年,その差は3倍近くになります.

もし分子進化速度(年あたりの突然変異率)が一定ならば,ヒトの世代あたりの突然変異率はサルよりも3倍(正確には1~3倍)低くなければなりません.年あたりの突然変異率はヒトの系統ではサルの系統より遅くなっていることが知られていますが,現在まで調べられたところでは高々20%-30%低くなっている程度です.

つまり,サルの年あたりの突然変異率を1とするとヒトの年あたり突然変異率は0.8くらい.世代あたりの突然変異率は世代時間をかけてサルで5,ヒトで12.はたしてこんなにも世代あたりの突然変異率が違うでしょうか.このモデルが当てはまると,子供を産む年齢が上がってくると,世代あたりの突然変異率は上がります.

世代あたりの突然変異率は直接求める方法(いろいろな方法があります)と,上のように年あたりの突然変異率に世代時間をかける方法とがありますが,その多くは必ずしも一致しません.

論文では,分岐時間を求めるときには年あたりの突然変異率,集団サイズを求めるときには直接法によって求められたヒトの値を使うというアドホックな方法で済ませてしまいました.残念ながらサルの世代あたりの突然変異率は直接調べられていないので,おそらく推定値はどこか中間的なところにあるのだと思います.そのうち,世代当たりの突然変異率をwhole genome sequenceで決めることができるようになれば,ここら辺の推定も正確になってくるでしょう.

中立説は分子時計の理論を裏打ちしているかのように考えられていますが,実際には中立説が成り立つと,世代あたりの突然変異が種によって違うということになります.逆に,突然変異率が世代時間と正の相関を持ち,かつ中立説が成り立つなら,世代時間の短い種ほど分子進化は速くなります.これを最初に示したのがWu and Li(1987)の研究です.

ここまでは中立な突然変異の話です.有害な突然変異を含めた話(たとえばアミノ酸の分子進化)は,いろいろと議論されています(たとえばMartin and Palumbi 1993Ohta 1987).このような機構により分子時計が担保されていると考えられています.

--追記

Martin and Palumbi 1993
Gillooly et al. 2005
こちらは年あたりの突然変異率はエネルギーの消費量(体重と温度)で決まるという説.