生物進化を考える (岩波新書)
太田先生の本を紹介したので,順序は逆になりますが木村先生の一般向けの著作を紹介いたします.
僕が進化を学び始めたころには既に,「木村資生=中立進化」というイメージが強かったのですが,この本を読めば,それ以上に進化に対する幅広い知識を持った方だということが良くわかります.細かい数式がいくつか出てきますが,それほど難しいものは載っていないし,無視しても読み進めることができます.
最近の科学書とは違い,文章は格調が高く,説得力があります.時に他の学説や学者をこき下ろすところがありますが,今読んでみると逆に面白いと思います.前半の内容は一般の進化学についてですが,最初の方のフィッシャーやライトの研究を語るところが木村先生にしか書けない内容ではないかと思います.
後半は分子進化の中立説の話です.このころはDNAのデータはほとんどなかったわけですが,ゲノムという概念がとても適切に使われていることについては驚かされます.世代あたりの突然変異率に対する中立説の立場については数ページが割かれていますが,この部分に関しては太田先生のほぼ中立説の方が説得力があるようです.
最後に木村先生の人類の未来に対する世界観が書かれていますが,ホールデンが提唱したようなサイバーパンクな世界観というよりも,より生物学的立場に立った考察をしているようです.木村先生の優生学に対する考察はしばしば批判されますが,あくまでも進化遺伝学的な立場に立っての考察と断っていますので,批判を受けるほどのものではないと思います.